南千住回向院(豊国山 小塚原回向院)
注目スコア
27
宗派
創建
1667年(寛文7年)
南千住回向院は東京都荒川区南千住五丁目33番13号の寺院。
東京都荒川区南千住五丁目にある寺で、過去は両国回向院の別院。現在は独立して正称は豊国山(ほうこくさん)回向院。小塚原回向院とも。
1651年(慶安4年)に新設された小塚原(こづかっぱら、こづかはら)刑場での刑死者を供養するため、1667年(寛文7年)に本所回向院の住職弟誉義観(ていよ・ぎかん)が常行堂を創建したことに始まる。
この寺には、安政の大獄により刑死した橋本左内・吉田松陰・頼三樹三郎ら、また「毒婦」と云われた高橋お伝などの歴史上の有名人物が葬られている。
1771年(明和8年)に蘭学者杉田玄白・中川淳庵・前野良沢らが刑死者の解剖(腑分け/ふわけ)に立ち合ったことを記念した観臓記念碑(建立は1922年)がある。
戦後の代表的な誘拐事件の通称「吉展ちゃん事件」の犠牲者村越吉展(当時4歳)の供養のために建立された「吉展地蔵尊(よしのぶじぞうそん)」がこの寺の入り口にある。
東京都荒川区南千住五丁目にある寺で、過去は両国回向院の別院。現在は独立して正称は豊国山(ほうこくさん)回向院。小塚原回向院とも。
1651年(慶安4年)に新設された小塚原(こづかっぱら、こづかはら)刑場での刑死者を供養するため、1667年(寛文7年)に本所回向院の住職弟誉義観(ていよ・ぎかん)が常行堂を創建したことに始まる。
この寺には、安政の大獄により刑死した橋本左内・吉田松陰・頼三樹三郎ら、また「毒婦」と云われた高橋お伝などの歴史上の有名人物が葬られている。
1771年(明和8年)に蘭学者杉田玄白・中川淳庵・前野良沢らが刑死者の解剖(腑分け/ふわけ)に立ち合ったことを記念した観臓記念碑(建立は1922年)がある。
戦後の代表的な誘拐事件の通称「吉展ちゃん事件」の犠牲者村越吉展(当時4歳)の供養のために建立された「吉展地蔵尊(よしのぶじぞうそん)」がこの寺の入り口にある。
地図表示位置は正確ではない場合があります
南千住回向院 御朱印画像
荒川区で人気の寺院
南千住回向院 参拝ブログ
関連ブログは自動収集しています。必ずしも正確とは限りません。