満福寺(三好稲荷閣 東北山円蓮院 石塔山)
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0
宗派
創建
(伝)天元5年(982年)
満福寺(まんぷくじ)は、愛知県みよし市にある浄土宗の寺院である。
奈良時代に、行基が救世観音を祀ったことが淵源とされる 。
天元5年(982年)には、大江定基によって延暦寺の支院・大乗寺として開基・建立される。近隣の山地一体を寺領として隆盛を誇ったとされるが、その後衰微する。
享禄4年(1531年)、大乗寺の跡地とされる場所(現在地)に光空見桐が念仏道場を建てて再興。この時に浄土宗西山派の寺とし、山号・寺号を石塔山満福寺と改めた。
寛文6年(1666年)には勅願所の綸旨を受け、山号を現在の東北山と改称。文久元年(1861年)には鎮守として吒枳尼天が境内に遷座し、三好稲荷閣として整備された(後述)。
昭和18年(1943年)5月、火災によって三好稲荷閣を含む堂宇・古文書を失った。現在の境内は、昭和45年(1970年)の現本堂再建以降、復興・整備されたものである。
奈良時代に、行基が救世観音を祀ったことが淵源とされる 。
天元5年(982年)には、大江定基によって延暦寺の支院・大乗寺として開基・建立される。近隣の山地一体を寺領として隆盛を誇ったとされるが、その後衰微する。
享禄4年(1531年)、大乗寺の跡地とされる場所(現在地)に光空見桐が念仏道場を建てて再興。この時に浄土宗西山派の寺とし、山号・寺号を石塔山満福寺と改めた。
寛文6年(1666年)には勅願所の綸旨を受け、山号を現在の東北山と改称。文久元年(1861年)には鎮守として吒枳尼天が境内に遷座し、三好稲荷閣として整備された(後述)。
昭和18年(1943年)5月、火災によって三好稲荷閣を含む堂宇・古文書を失った。現在の境内は、昭和45年(1970年)の現本堂再建以降、復興・整備されたものである。
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